賀東招二、中村博文、野尻抱介、井上純一、ことぶきつかさ、otsune、やまもといちろう…当時の思い出のコメントをもらいました! 『蓬萊学園』は人々の人生をどう変えたか?(ゲームの企画書『蓬萊学園の冒険!』連動企画)

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※この記事は、上記の「ゲームの企画書」記事と連動したものです。

 「ゲームの企画書」で今回、『蓬萊学園の冒険!』(以下、『蓬萊学園』)を取り上げるにあたって、なんと名前を出すことを承諾して下さった当時の様々なプレイヤーの方々からコメントが届きました。
 そこに並んでいる名前はと言えば、以下の通りの方々!

賀東招二/作家・脚本家
中村博文/イラストレーター・漫画家
野尻抱介/SF作家
井上純一/TRPGデザイナー・漫画家
ことぶきつかさ/漫画家・イラストレーター・デザイナー
おおつねまさふみ/ネットウォッチャー
やまもといちろう/投資家・作家・ブロガー

 記事にもあったように、『蓬萊学園』は多くのプレイヤーが自ら動き回り、物語をGMと一緒に作り上げていったゲーム。ある意味では、こんな風にプレイヤーの声を全員分、かき集めてこそ真に物語の姿が明らかになるのかもしれません。
 それでは、ぜひプレイヤーの皆さんの『蓬萊学園』の思い出を聞いていきましょう!


賀東招二/作家・脚本家

Q:『蓬萊学園』の思い出をお聞かせいただけますか。

A:N90には参加していません。94年の「蓬萊学園の休日!」にマスターとして参加しました。もともとTRPGのファンで、ライター募集に応募したのがきっかけです。ただメイルゲームのプレイヤー経験が無かったので、いろいろと勝手がわからず苦労しました。

Q:『蓬萊学園』があなたに与えた影響はどのようなものでしょうか。

A:蓬萊学園に限った話ではないのですが、当時の遊演体にいた先輩方は博識な人が多くて、自分の不勉強を猛省するいいきっかけになりました(いまでも不勉強ですが(汗))。当時のメディアとしては珍しく、ダイレクトにユーザーの批判やお叱りが来る仕組みでもあったので、精神的にいろいろと鍛えられました。インターネットが普及しても、わりとけろっとしていられたのも蓬萊のおかげです。

中村博文/イラストレーター・漫画家

Q:『蓬萊学園』の思い出をお聞かせいただけますか。

A:ネットゲーム’90「蓬萊学園の冒険!」にイラストレーターとして参加させていただきました。学園ものは大好きで、ひゃっほーと空中でパンツを脱いで取り掛かりました……。ひゃっほーと取り掛かったのです、が…僕のその時のスキルでは描けないものが多すぎることに呆然としました。こんなにヘタだったんかと絶望しました。

Q:『蓬萊学園』があなたに与えた影響はどのようなものでしょうか。

A:湖のほとりに流れ着き、エロ絵の修練を重ねた今現在ならば、もうすこしイイものが描き得ると思うのですが、あのころの熱にうかされたような怒涛のムチャクチャ絵は、もう描けないと思います。

30年を経た今も、よく、蓬萊学園に在籍されていたかたから声をかけていただけます。ああ、つくづく、すげえもんに関わっていたのだなあと、今更思い知っています。

野尻抱介/SF作家

1961年生まれのSF作家。ペンネームは「尻P」。PBM会社ホビー・データに所属し、そこでPBM「クレギオン」シリーズのゲームマスターをつとめた後、1992年に同作品のノベライズで小説デビュー。代表作に「ロケットガール」シリーズ(富士見書房/1995〜)、『南極点のピアピア動画』(早川書房/2012)など。星雲賞に7回受賞、大学読書人大賞受賞。画像は『南極点のピアピア動画』書影(早川書房/2012)。
Twitter:@nojiri_h
(画像はAmazonより)

Q:『蓬萊学園』の思い出をお聞かせいただけますか。

A:ネットゲーム’88でのキャラ名が現在のペンネームになっています。’88でプレイヤー間のつながりができていたので、’90ではその人脈で同好会を作って遊びました。本筋には積極的に絡まない方針でしたが、楽しくプレイしていました。その後、クレギオンというPBMの運営に加わり、そのノベライズで小説を書く仕事に入ったので、遊演体のPBMに参加したことは人生の転機だったと思います。

Q:『蓬萊学園』があなたに与えた影響はどのようなものでしょうか。

A:当時は郵便や電話が連絡手段でしたが、PBMを通して、多人数に働きかける方法論を学びました。それは現在の創作活動やネット生活の基礎になっています。

井上純一/TRPGデザイナー・漫画家

RPGマガジン誌上で1994年4月から1年間行われた読者参加ゲーム『蓬萊学園の競宴!~南海のカリアティード』のイラストレーター。1996年富士見から出ていた蓬萊学園アンソロジーシリーズの挿絵の1人。画像は『中国嫁日記』書影(エンターブレイン /2011)。
Twitter:@KEUMAYA
(画像はAmazonより)

Q:『蓬萊学園』の思い出をお聞かせいただけますか。

A:蓬萊学園は後期にイラストレーターとして参加したというより、生徒の1人でした(笑)TRPG版を買ったので、学生証もあります。

Q:『蓬萊学園』があなたに与えた影響はどのようなものでしょうか。

A:あの時、宇津帆島の空気を吸ってた人間の1人であります。あのどこにもない、しかし絶対に存在する架空の場所にいた。後に仕事として関わったことより、その方がずっと重要な体験だったと思っています。蓬萊学園はそういう存在です。

ことぶきつかさ/漫画家・イラストレーター・デザイナー

Q:『蓬萊学園』の思い出をお聞かせいただけますか。

A:「愛染桂」というキャラで参加させてもらっていましたが、シナリオには殆ど反映される機会もなくPBMとしての楽しさ面白さを味わえていたとは正直言えませんでしたねw もっぱら外野での同人誌活動がメインで沢山絵を描いていたのは覚えています。

初めてPBMに触れて感じた事は、情報集めが肝のゲームシステムに対して、今のようにインターネットが普及していなかったあの環境下においては大の大人が思いっきり大人げない事をすると思いっきり大人げない結果が出てしまう危うさがあったな、という事ですかね。情報交換のしやすさという点でも都心の方が有利で あったり、日本という狭い島国で行うにはシステムの改善がもっと必要だなと感じました。

Q:『蓬萊学園』があなたに与えた影響はどのようなものでしょうか。

A:プロモーションの大切さと言うのは凄く勉強になりました。他人に興味をもたせたり行動させる為のエネルギーを如何に用意して提供できるかという、商売の基本を学ぶキッザニアみたいな役割を果たしてくれたような気がしますw

おおつねまさふみ/ネットウォッチャー

1971年生まれ。ネットウォッチャー、システム管理者。パソコン通信やインターネット黎明期より定点観測を続ける。
Twitter:@otsune
(画像はおおつねまさふみ氏の公式サイトより)

Q:『蓬萊学園』の思い出をお聞かせいただけますか。

A:「蓬萊学園の冒険!」には、前作のネット88に参加できなかった組のひとりとして、ついに新作が始まったのかと期待満々でプレイ申込をした。 既存のチーム数人単位で小規模に遊ぶよくあるゲームではなく、舞台を同一にするゲーム世界で、プレイヤー全員がおのおの競い遊ぶという大規模なマルチプレイヤーRPGという仕組みに大きな衝撃を受けた。

ただ1990年という時代におけるテクノロジーの限界や、ネットがまだ普及していないという社会情勢も大いに影響を与えていたので、当時のあの熱狂感を伝えることは今では難しいと言える(のちにMMORPGという形でウルティマ・オンラインが始まるまで、似たような熱狂は体験できなかった)。

Q:『蓬萊学園』があなたに与えた影響はどのようなものでしょうか。

A:私はゲームプレイそのものよりも、ゲームプレイヤーとしての人間がどれだけ無茶な遊び方をするのかに注目する「ウォッチ活動」を熱心にするようになった。 東京在住のプレイヤーが情報交換のために青春18きっぷを駆使して、北海道から九州まで移動したり。ゲームのヒントとなる「論文の断片」という紙切れを、同じフォントで偽造して偽情報を流したり。電話回線やFAXを増設して、作戦行動の取りまとめを始めたり…… 。

30年弱経過した今でも、私のウォッチ活動に共通する「人間の本気が見たい」という気持ちは、蓬萊学園の時に産まれたとも言える。

やまもといちろう/投資家・作家・ブロガー

1973年生まれの投資家、作家、ブロガー。パソコン通信時代よりアーリーユーザーとして知られ、「切込隊長」のハンドルネームで定着。「2ちゃんねる」の共同設立者としても知られる。代表作に『情報革命バブルの崩壊』(文春新書/2008)、『ネットビジネスの終わり』(PHP研究所/2009)など。
Twitter:@kirik
(画像はやまもといちろう 公式ブログより)

Q:『蓬萊学園』の思い出をお聞かせいただけますか。

A:私にとってはPBMはオタク文化への入り口であると同時に大変な「刺激物」でした。いまでこそ「MMO RPG」という言葉で完結しますが、昔はそれこそラジオで自分のはがきが読み上げられるかどうかの期待感と、物語が七転八倒していくのに必死でついていく試練とがないまぜになった、非常にヤバいものでありました。

Q:『蓬萊学園』があなたに与えた影響はどのようなものでしょうか。

A:高校の先輩たちが誰よりも蓬萊学園にハマり込み、10万人の巨大学園と現実の学生生活とが渾然一体となって、平和であったはずの部活動棟に地方から長距離電車に乗ってやってきた蓬萊学園プレイヤー、それもいい歳したおっさんが連日情報交換するという壊滅的に意味不明な時間を濃厚に送ることができました。高校のクラスの片隅で、本来は地味メンだったはずの先輩たちがひたすらに輝いた一年であっただけでなく、TRPG版『蓬萊学園の冒険!』では、慶應義塾大学内で比較的距離のあったファンタジー研究会とSF研究会との間で選抜メンバーが卓を囲むという謎展開も一瞬だけ存在し、ああ、共有体験が人間社会を一つにしていくのだなという貴重な体験をさせていただきました。ありがとうございました。


 

 当時を振り返った関係者のコメント、いかがだったろうか? 実は名前を出せない方も多数いるのだが、関係者の中でも、錚々たる面子にコメントをいただくことができたと思う。
 そして彼らが口々に「濃厚な体験だった」と言うように、編集部としては、改めてこの狂気の企画が後世に残した影響を感じた次第である。ご協力いただいた皆さまには、改めて感謝の念を述べさせていただきたい。

 また、「ゲームの企画書」の『蓬萊学園の冒険!』の記事の方でも触れているが、まだまだ参加してるかを把握しかねている方も多数いるという。もしこの記事を読んで、私も90年の『蓬萊学園の冒険!』をプレイしていたという方がいたら、ぜひ中津氏@nakatsu_s あるいはnakatsu@kadokawaharuki.co.jpに一報いただけると幸いだ。

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 情報誌『蓬萊学園人名事典』の編集者・「バード中津」こと中津宗一郎氏、『ネットゲーム’88』時代からの重鎮・「森永ラブ子」こと齊藤陽介氏、そして『蓬萊学園の冒険!』グランドマスターの「柳川房彦」こと新城カズマ氏をゲストに迎え、計7時間にも及んだ狂気のインタビュー本編をお楽しみください。

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